完全看護ですから・・・
と 付き添いをしなくてもいいようによく言われるが


はたして本当にそれで患者は安心して眠ることができるのだろうか

確かに見回りは定期的に行われ、ナースコールもついている

でも、それだけで本当に安らかに居られるのだろうか

何かあったらすぐコールしてくださいね。と優しく言われ

はいそうですか。と素直にコールすれば

来てくれた人は物も言わずただ事務的に世話をして出ていく。


いつしかトイレも我慢するほど苦痛になったとしたら?

人の顔色ばかり伺い 謝ってばかりいる。

なぜ?

なにがそうさせるのか?


それは人の手を借りなければ何も出来ない申し訳なさ。

一人では何もできず 

他人に頼まなければいけない心の辛さ。


この気持ちは経験した人にしかわからないかもしれないね。

これが家族であったら?

悪いと思いながらも気持ちは全然違うと思う。

甘えられる安心感。

まるで子供が母親の胸の中で安らかに眠るように

患者もまた安心できるのだと思う。

でも、実際の大きな病院では付き添いを断るケースも少なくない

大丈夫ですから と

確かに病気に対してはきちんと診てくれるだろう

でも、心は?精神面は?

病は気からと昔から言うよね

寂しさや心細さ、そして我慢せざるをえない状況は

はたして患者にとって良いことだろうか

私も付き添いをしながら色んな人を見てきた。

沢山の知識があり、経験も豊富で、しかも力持ち

でも一番大事なものは・・・

それは笑顔。


体に障害をもってしまった人は多かれ少なかれみな

心に重いしこりをもってしまう。

それを少しでも小さく軽くしてあげるのが

介護者のもう一つの役目だと思う。


ただ身の回りの世話をするだけが介護ではないと私は思う。


たとえ体が思うように動かなくても

たとえ心が幼子に戻ってしまっても

その心の中はふつうの人となんら変わらない


それどころか、元気だった頃よりも繊細になってるかもしれない

そんな人に接するとき どうせ何もわからないだろう

なんて思ってしまったら その介護は無機質な物へと変わってしまう


何も用がなくても顔を見に来てくれる人が居れば

コールで呼ばれても 何もしゃべらず頼まれたことだけをして出ていく人も居る


ヘルパーであれナースであれ ほんの一言の言葉掛けは

患者の心に優しく響くと思うよ。


どんな病気であっても 世話をしてもらうと言う事に

負い目を感じているのがほとんどだと私は思う。


高飛車に してくれて当然だ!などと思える人は逆に気が楽かもしれないね


こんな時 一番人の真心と暖かみを痛切に感じると言う。

そして逆に言い換えれば 人の裏の心にも触れてしまうと言うことだ。


介護とは心と心が通いあって 初めて人間らしく生きていける物だと私は思う


もちろん身の回りの世話は完璧にしているかもしれない

でも、その顔に笑顔が無かったら・・・・


きっと生きている事が惨めに思え ただ苦しいだけの毎日になるだろう

そんな生活が 幸せとは決して言えないよね。


たとえ完璧でなくても

不器用でも

障害を持つ者と介護者の間に笑顔と笑いがあれば

それだけで毎日が楽しく たとえ病気を抱えていても

苦しさと向き合っていけると思う


家族であれ福祉士であれ、笑顔で居ること。

でもこれが一番難しいのかもしれないね


ナースは大変な仕事。

ヘルパーも大変な仕事。


でも わかっていて尚も求めてしまう真の真心。笑顔。



難しいね。